医療アドバイザーの紹介

 会員として会に積極的に参加していただき、会員からの相談などにアドバイスをしていただける医療関係者の紹介です。
 

医療アドバイザー 所属医療機関   
斎藤加代子先生 東京女子医科大学小児科 小児科教授  
石川悠加先生  国立療養所八雲病院小児科 小児科医長  
熊谷俊幸先生 愛知県心身障害者コロニー中央病院小児神経科 中央検査部長  
川井充先生 国立精神・神経センター 武蔵病院 第2病棟部長  
斉藤利雄先生 国立病院機構 刀根山病院 神経内科・小児神経科    
鈴木真知子先生 京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻  育成看護学教授  
浦野真理先生 東京女子医大附属遺伝子医療センター 臨床心理士  
佐々木千穂先生 九州労災病院 リハビリテーション科 言語聴覚士  
 信哉先生 北海道大学医学部保健学科作業療法学専攻 作業療法士 *リンク集に「北大作業療法学専攻」HPを掲載しています






 自己紹介


斎藤加代子先生(東京女子医科大学小児科教授)

 「このたびは、SMAの家族の会の設立と第1回の会報の発行、おめでとうございます。医療関係者も会員に、ということがこの会の特徴です。愛知県心身障害者コロニー中央病院小児神経科の熊谷俊幸先生、東京女子医科大学小児科の臨床心理士の浦野真理先生、リハビリ科の安達みちる先生、長谷川三希子先生、医療社会福祉室の小松美智子さんと共に入会しました。

 さて、初めてお子さんの診察にいらした愼さんご一家にお会いしたのは、今年の初め頃でした。愼さんの第一印象は、お子さんのことを一生懸命に考えている頼りになりそうなお父さん、という感じでした。そこで、「SMAの病気をもった子ども達とご家族が互いに交流できる場があるといいですね、家族の会をつくってはどうですか」とお話をしてみました。「いやいや、忙しくて」とのお答えでしたが、「実行するとなると大変です。でも、丁度、メールのやりとりしている福島さんにも声を掛けてみましょう」と答えていただき、福島さん、愼さんと3人でメールの交換が始まりました。福島さんもお会いしてみると、やはり、頼りがいのあるお父さんでした。実行力のあるこの2人のお父さんが、忙しい仕事の合間に、この会の基礎を早いペースで作られ、まず4月の第1回の準備会の開催となりました。第1回の準備会では、北海道の国立療養所八雲病院から石川悠加先生が文字通り飛んできてくださいました。熊谷俊幸先生、千葉県こども病院の田辺雄三先生、旭中央病院の前本達男先生、難病のこども支援全国ネットワークの小林信秋さん、東京女子医大の大澤真木子先生、宍倉啓子先生、池谷紀代子先生、前田由美先生、伊藤万由里先生が参加してくださいました。

 また、この会の特徴として、強力なボランティアのサポートが挙げられます。浦野真理先生は、この会の初めから献身的にボランティアの方達のとりまとめ役として尽くしてくださっています。荒川正行さんを中心とした東京大学大学院、東京女子医科大学、帝京大学医学部、日本大学医学部、日本大学文理学部心理、化学、お茶の水女子大学生活科学部、東京国際大学大学院心理、雙葉高校などの学生さんやOBが意欲的に動いてくださっており、頼もしいかぎりです。

 振り返りますと、私事ですが、大学を卒業後、大学院に入り、その研究テーマが筋肉の病気であったことから、こどもの神経筋疾患の診療と基礎研究に携わるようになり、さまざまな医学の進歩に触れてきました。1987年にデュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子が発見され、1993年に福山型筋ジストロフィーが第9染色体に存在することが明らかになりました。また、SMAの研究の進歩としては、1990年にドイツのミュンヘンで国際神経筋疾患学会が開かれ参加した時に、SMAの遺伝子は第5染色体にあるという報告が、「ビックリ箱」(発表当日まで題名も内容も秘密でした)として発表され、会場一杯の拍手があり、新しい時代が来つつあることに感動しました。その後、女子医大でも遺伝子診断を患者さんの臨床に応用できるになり、1990年からは筋ジストロフィー、そして1995年からはSMAの遺伝子診断を行っています。

 このように、20世紀の終わりになって、医学の先端的進歩は診断という面で医療に応用されるようになりました。 21世紀は、新たなブレークスルーによって治療の進歩があるはずです。私たちはSMAをキーワードとしてつながったグループです。ひとりひとりはSMALLですが、SMARTな活動を行い、21世紀を歩んでいきましょう。」





石川悠加先生(国立療養所八雲病院小児科医長)

 「斎藤先生のご紹介で、この会を知りました。北海道の南側、大沼公園の近くにある国立療養所八雲病院で、小児科医長をしています石川悠加です。筋ジストロフィーや脊髄性筋萎縮症など小児期発症の神経筋疾患を多く診ています。成人になっても続けて診ています。同じ病院で、脊髄性筋萎縮症の遺伝子診断を行っている石川幸辰が副院長です。
 札幌からは、距離があるので、札幌医科大学病院リハビリテーション科で、毎月第3木曜日には一日中、呼吸リハビリテーションを中心として何でも相談の神経筋疾患外来もしています。
 米国に本部があるSMA患者家族の会(FSMA)の大会に1998年に参加し、感銘を受けました。FSMAでの呼吸ケアを中心とした医療コンサルタントはBach先生ですが、私もその方法を学んでいこうとしています。個人個人の病態・事情・環境・希望に適合するような呼吸のマネジメントができるように、皆様と情報交換をできたらと思っています。」





熊谷俊幸先生(愛知県心身障害者コロニー中央病院小児神経科・中央検査部長)

 「最初にSMAの患者さんを診たのは、今から20年以上前のことです。医者になってまもなくに赴任した田舎の病院にその患者さん(赤ちゃん)は入院していました。顔はお地蔵様のように端正で穏やかでしたが、首から下の体はほとんど動かず、仰向けに寝たきりでした。時々か細い声で泣きました。小児神経学の本で調べた結果、ウェルドニッヒ・ホフマン病と診断をつけました。脊髄の神経細胞が脱落してこの病気が起こるというということ以外、当時、この病気についてはほとんどわかっていませんでした。熊谷は、この不思議な病気にある種の感銘を受けて、それが小児神経学、特に、神経筋疾患の患者さんの診療を専門とするきっかけとなりました。

 それ以来、(満足のいくものとはいえませんが)、数だけはたくさんのSMAの患者さんを診てきました。その間に、この病気の遺伝子異常が発見され、在宅人工呼吸のシステムも進歩してきました。この病気は、依然として難病の1つですが、最近の急速な遺伝学の研究の進歩によって、根本的な治療法の開発も夢でない時代に入りつつあると思います。

 現在、愛知県の郊外の心身障害者施設で、SMAを含めた多くの筋疾患や先天障害の患者さんの診療にあたっています。神経筋疾患の診療や研究は、(すぐに大きな成果を上げられるものではないので)、時間をかけた根気強く、ねばり強い努力が必要です。患者さんや家族にとっては、より正確なこの病気に対する情報と知識が必要だと思います。SMA家族の会の設立が、会員さん同士の情報交換とはげまし、そして、少しでも治療法の開発を後押しする力になればすばらしいと思います。熊谷も、医療アドバイザーとして、(微力ではありますが)、少しでもお手伝いできれば幸いです。」





川井充先生(国立精神・神経センター 武蔵病院 第2病棟部長)






斉藤利雄先生(国立病院機構 刀根山病院 神経内科・小児神経科)

 わたくしの勤務する刀根山病院には脊髄性筋萎縮症・筋ジストロフィーなどの神経疾患専門病棟・外来があり、わたくしが小児期から成人まで幅広く神経疾患患者さんの診療をさせていただくようになって8年になります。この間にも、ポータブル式人工呼吸器を中心とした非侵襲的人工呼吸療法の進歩などで、神経疾患患者さんの生活状況は大きく変化しました。医療内容の地域間格差や、学校現場での医療的ケアに関する議論は絶えませんが、人工呼吸療法を受けながらの在宅生活・学校生活は、「普通のこと」となってきつつあいます。

 はじめて脊髄性筋萎縮症の患者さんを診察したのは、前勤務先の淀川キリスト教病院小児科でした。その子は気管切開下での人口呼吸管理を受けていましたが、とても澄んだ眼をしていたのが印象的でした。その後は、刀根山病院でたくさんの脊髄性筋萎縮患者さんと出会いました。Werding−Hoffman病で元気に40歳を過ぎ、成人病や悪性腫瘍の心配をしないといけないような患者さんや、つい先日から人工呼吸療法をはじめたかわいい女の子もいます。診察室や外来待合での静かな姿からは想像できないような情熱的な中年のmusicianや、わたくしがコンピュータの使い方を教えてもらうprofessionalもいます。みなそれぞれに人工呼吸療法を受けながら、それぞれの場所で「普通」の生活をしておられます。

 神経筋疾患の原因遺伝子が次々と明らかにされ、一部の疾患では遺伝子療法も考えられるようになって来ました。人工呼吸療法のように、先端研究の成果はすぐに臨床に反映させることが出来るわけではありませんが、現状を見据えながら、今できることは何か・どうサポートできるかを考えながら、これからも、皆様のお手伝いが少しでも出来ればと思います。今後ともどうぞ宜しくお願いします。





鈴木真知子先生(京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻 育成看護学教授)*2007年4月より京都に赴任されました

 「私は現在、世界文化遺産の一つである宮島が見下ろせる場所にあります日本赤十字広島看護大学で小児看護学を教えています。

 私は、教員になる前の約11年間の臨床経験において、NICUや小児病棟で長期にわたり人工呼吸器を使用する多くのお子様とご家族に出会いました。そして、教員になってから学生と一緒に実習で行った小児病棟で24時間人工呼吸器を使用してるウエルドニッヒ・ホフマン病の女の子、えりちゃんとお母さまに出会いました。
 それらの出会いが、広島を中心に医療依存度の高いお子様とご家族、支援者を対象とした講演会、技術講習会、交流会、事例検討会などの開催、外出支援や就園・就学に向けた準備のお手伝いなどをさせていただく今日の活動につながっています。
 特に、えりちゃんとお母様との出会いは印象深いものでした。私はえりちゃんを天気の良い時にはストレッチャーに移動させ、お母様と一緒にバギングしながら病院の隣にある湊山公園の猿を見に行ったり、公園の芝生に触れたり、海の潮風に触れたり・・・などなど、お二人を誘い、お散歩によく出かけていました。ある時、お母様が「一度でいいからこの子と意思の疎通が出来たことを実感したい」と言われ、その時のお母様のお気持ちがとてもよく分かったことから、私は何とかしたいと思い、大学院工学部の学生さんの力をかりて、コンピューターを駆使し、えりちゃんが意思を表していると思えた目の動きを使い、意思伝達方法を考え出そうと約1年取り組みました(今ならりっぱな’レッツチャット’といったコミュニケーション機器があるのですが、その当時は今のようなノートパソコンなどもまだなかった時代です)。
 そうこうしている内に、えりちゃんは4歳になり、いつまでも24時間家族が付き添う大学病院での入院生活を続ける訳にはいかず、農家のお嫁さんであるお母様が、お家でえりちゃんの介護をすることはできす、泣く泣く施設に転院することになりました。その後、私は広島へ来てから高校を卒業したばかりのすっかりお姉さんになったえりちゃんと再会することが出来ました。

 そのように話せばきりがないほど、多くのSMAのお子様とご家族との出会いがあり、その出会いが、今日の「私」の教育や看護観のありように反映されていると思っています。皆様の何かのお手伝い、というよりは、皆様からお教えいただくことのほうが多いこととは思いますが、お子様の自律に向けた育ちを育めるように皆様と情報交換できたらと思っています。 





浦野真理先生(東京女子医大遺伝子医療センター  臨床心理士)

 SMA家族の会の皆さん、私は東京女子医大附属遺伝子医療センターの浦野真理です。この会のアドバイザーでもいらっしゃる斎藤加代子先生の元で働いている臨床心理士です。このたびはアドバイザーのご依頼を頂き、私で何かお役にたてることがあれば、と思い、お引き受けすることにいたしました。元々、子どもが大好きで、大学では児童心理を専門に勉強していました。お子さんに関わる仕事ができたらいいなと思って、卒業後は区立の教育相談所で不登校のお子さんや、お友だちとの関わりがうまくもてないお子さんたちへの援助をしていました。それから5年くらいして、女子医大の小児科の心理室に勤めるようになりました。

 会とのつながりは、SMA家族の会の準備会での会場手配などのお手伝いからでした。会の立ち上げに携わってこられたお父様、お母様の熱意に感動しながら、準備会運営をお手伝いしたのを思い出します。子どもさんたちもエネルギッシュで、一緒に楽しいときを過ごしたのを覚えています。

 最近は、遺伝子医療センターで、遺伝子にまつわる様々なご相談に関わりながら、病気のことをお子さんたちにお話するときに、気持ちの動揺が最小限になるように、サポートさせて頂いたり、病気の方のご兄弟姉妹のことについてご相談にのったりしています。遺伝カウンセラーの方たちの役割に似ているところもありますが、特に病気や遺伝のことから派生する様々な不安や落ち込みなどの気持ちの面に対応するのが私たち心理職の役割です。

 アドバイザーというより、皆さんと一緒に考えていくようなスタンスでいたいと思っています。微力ではありますが、お手伝いできれば幸いです。どうぞよろしくお願いします。





                                                
佐々木千穂先生(九州労災病院 リハビリテーション科 言語聴覚士)

 はじめまして。北九州市にあります九州労災病院というところで言語聴覚士という仕事をしている佐々木千穂と申します。どうぞよろしくお願いいたします。「SMA家族の会」との出会いは、ある会員の方との個人的な出会いを通じてでした。それをきっかけに、福岡で九州初の家族の交流会があったときにお手伝いをさせていただきました。おかげさまで、会員の皆様の熱心な活動のご様子を拝見する事ができました。
 
 言語聴覚士は「聞こえ」と「ことば」に関することや、「摂食・嚥下(食べて飲み込む)」障害に関わるリハビリの専門職です。簡単に言いますとコミュニケーションと食事(あるいは栄養補給)に関わる事への支援をする職種なのですが、人間にとってこの2つはとても大切なものだと思います。現在病院で脳卒中の方々への支援が主な業務となっておりますが、ALSをはじめとした難病の方々への支援にも関わらせていただいています。以前は、わずかな期間ですが小児の施設に勤めていました。

 コミュニケーションに関する支援機器類は日進月歩ですが、使用に際して適切なアドバイスを受けることや、実際に使用してみて購入を考えるといったプロセスも大切だと思います。その為には、地域単位での支援体制が整うことが必要だと思います。必要な時に必要な支援を、必要なだけ受けられる事が大切です。相談したいことに関して、適切な情報を得ることが大きな意味を持つ場合も多いのではないでしょうか。
 療育やコミュニケーションの問題に関して、居住地域で支援が受けられるようなお手伝いができれば、と思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


 


 信哉先生 (北海道大学医学部保健学科作業療法学専攻 作業療法士)

 はじめまして,
北海道大学の境と申します.この度,SMA家族の会のアドバイザーとして,皆様方のお力になれる機会を
いただきましたことをたいへん嬉しく思っております.
私は,作業療法士で,これまで重度な障がいをもった方へのスイッチ活動について実践及び研究をして参りました.特に得意としていることは,スイッチを用いた学習方法についてです.スイッチを用いてコミュニケーションなどより複雑な活動が可能になるよう,そして,スイッチ活動を通して手指機能が改善するような学習方法を提案しております.
実は,元々の専門は神経心理学(認知や記憶など)で,なかでも脳損傷による視覚障害に関して研究しています.
皆様方とメールでやり取りしたり,お会いできることを楽しみにしております.
今後ともよろしくお願いいたします.











お問合せ先:事務局   
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