SMA研究の現状−我々は今どこにいるのか(1998)
前書き
この文章は、アメリカのSMA家族会(Families of SMA)のホームページに掲載されている下記の論文の抄訳である。
SMA Research: Where Are We? (1998)
By: Louise R. Simard, Ph.D., Assistant Professor, Departments of Neurology and Genetics Sainte-Justine Hospital Research Center, University of Montreal, Canada
本論文では、Families of SMAが資金を提供し、1998年にフィラデルフィアで開かれたSMA研究者たちの国際会議で発表された研究成果がまとめられている。この会議は、(1)DNA診断テスト、(2)SMNのRNAとタンパク質、(3)SMNの機能、(4)SMAの動物モデル、(5)治療学上の戦略、という5つの部会に分かれており、以下においてそれぞれの部会の焦点を短くまとめまている。
なお翻訳は、荒川(東京大学大学院)、川名(東京大学)、川手(お茶の水女子大学)、古谷(千葉大学)、島田(防衛医科大学)の5名が担当した。また訳文全体にわたり、斎藤加代子先生(東京女子医科大学教授)よりアドバイスをいただいた。
医療担当 愼
(1)DNA診断テスト
現在のところ、DNA診断テストは5q-SMA【訳者註;染色体はヒトでは22組[44本]の常染色体と1組[男性XY、女性XX]の性染色体があります。それぞれの染色体はpで表す短腕とqで表す長腕からなっています。5q-SMAとは第5染色体長腕に原因遺伝子が存在するSMAのことです。】を引き起こす変異を同定し、SMAの家族歴のある家族においては保因者の遺伝子変異を同定する最良の方法である。世界中のこのテストを行う施設では、テロメア側SMN(SMNT)遺伝子のホモ接合性欠失(2本の染色体の両方において遺伝子欠失画あること)を証明することによって遺伝子変異の検査をしている。さらに、多くの施設ではSMNT遺伝子の数【訳者註;コピー数】を決定する量的な分析によって保因者診断も行っている。SMNT遺伝子が0コピーであるとSMAが発病し、SMNT遺伝子が1コピーであると保因者となる。
これらの施設の中には、以下の研究者の実験室が含まれている。
アメリカ、オハイオ大学 Thomas Prior博士
アメリカ、ペンシルバニア大学 Debra Leonard博士
カナダ、モントリオール、Sainte-Justine病院 Louise Simard博士
ドイツ、ボン、人類遺伝研究所 Brunhilde Wirth博士
スペイン、マドリード、分子遺伝研究部 Conception Hernandes Chico博士
イギリス、オクスフォード大学 Kay Davies博士
これらのテストはきわめて効率的であるが、保因者診断においては、結果は可能性としてしか提供されない。保因者となる可能性に少なくとも二つの紛らわしい因子があるからである。1つの因子は生殖細胞(精子または卵子)に新しい突然変異が起こる可能性であり、SMA染色体において約2-4%の可能性で生じると考えられている。そしてもう一つの因子は第5染色体が1つではなく2つのSMNT遺伝子を有する可能性である。例えば、95%の人は1本の第5染色体にSMNT遺伝子を1コピーずつ、2本の第5染色体で合計2コピーを持っている。しかし残りの5%の人は2つのSMNT遺伝子の両方を1つの第5染色体に持っているのである。従って、これらの5%の人は、SMNT遺伝子が欠如している染色体を持つことになるので、SMA保因者となるのである。
討論時間において、すべての研究室で得られたデータを集めて、染色体に新たな突然変異が起きる頻度、また2つのSMNT遺伝子を1本の第5染色体が有する正確な頻度を中央管理して集計することが決まった。さらに、これらのデータによってSMAの臨床症状がなくSMNT遺伝子のホモ接合性欠失を示す人(非浸透個体)の数を推定することができる。これらのデータはSMAの家族に対する遺伝カウンセリングの役に立つ。
SMNの遺伝子変異を同定するのに使われている現在の診断テストではSMAの患者の約95%がSMNTのエクソン7がホモ接合性に欠失していることを示している。量的な分析を用いることによって、SMNTの欠失を示さない患者の10-40%では、2つのSMNT遺伝子のうち1つにエクソン7の欠失が同定されることが報告された。これらの患者のもう片方のSMNT遺伝子には、点(小)変異が同定されてきている。
このセッションでは、SMNT遺伝子の点変異について、最新の情報が提示された。これらの情報によってSMNT遺伝子のエクソン6には大きな変異が見られ、またエクソン3とエクソン7には小さな変異が見られることがわかった。エクソンが欠失していないSMA患者についての分析は以下の方法が推薦される。研究者は、量的な分析によってセントロメアSMN遺伝子(SMNC)のコピー数を評価することができる。全般的な経験からすると、軽い症状のSMA(タイプ2、タイプ3)の患者はおおよそ3から4のSMNCのコピーを持っているのに対し、タイプ1の患者は平均すると1から2のSMNCのコピーを持っている。
これらの事実から、SMNCによって病気の重症度が規定されているのだろうという結論が導き出される。このことは、SMNC遺伝子の発現を増やすことによってSMAを治療することができるということにつながる(以下を参照)。別の遺伝子がSMA遺伝子の領域に見つけだされてきている。またこれらの遺伝子がSMAの臨床症状を修飾している可能性を研究する研究者もいる。これらの研究によって、新しい実現可能な治療法も視野に入ってくるに違いない。
最後になるが、大変長い討論の後、DNA診断テストに関する注意がいくつか提示された。これらの概要を以下に示す。
- 量的な分析による保因者テストは、すべてのSMA保因者の配偶者に行うことができるものでなければならない。【訳者註;これは倫理的に問題がある文です。保因者テストの実施においては、十分な遺伝カウンセリングが行なわれる必要があります。】
- SMNCのコピー数は個人差が大きいので、量的な分析においては正常コントロールのSMNCをコピー数の標準として用いてはならない。Prior博士の研究室で確立されたCFTRの標準は標準として良いものであった。
- エクソンの欠失が見られないSMA患者(約5%)に関しては、遺伝子診断を依頼した医師によるSMAの臨床診断の再確認が望ましい。もし診断が再確認されたら、量的な分析によって、SMNT遺伝子を1コピー持った患者を特定できる。(それは欠失を示さない患者の10-40%に相当する。)これらの患児にとって、5q-SMAの診断は確立されうる。片方のSMNT遺伝子に点変異が同定されれば、保因者の家系において出生前に発病の可能性を診断することが可能になる。
- SMNT遺伝子欠失が一本または両方の第5染色体に見られないSMA患者については5q-SMAとしてのカウンセリングにDNA診断テストを用いることができない。
- カルフォルニアの精子銀行から提供された3つの精子で妊娠した結果、4人のSMA患児が生まれている。Debra Leonard博士はSMA保因者の体外授精において用いられるドナーはその血液と精子の両方で保因者であるかどうか調べる検査が行われるようにしなければならないと述べた。【訳者註;これも倫理的に問題を多く含んだ文です。2000年12月に厚生科学審議会の報告があったように、従来は行なっていなかった非配偶者間の体外授精が日本でも認められることになると、この問題がクローズアップされるようになってくると思います。】
(2)SMN RNAとタンパク質
健常者とSMA患者における様々なタイプの細胞中に存在するSMN RNAおよびタンパク質の解析に関して、4つのプレゼンテーションがChing Wang, 博士(Missouri大学)、Glenn Morris博士(Northeast Wales研究所)、Edurado Tizzar博士(Barcelona分子遺伝学部門)、Christina Brahe博士(Rome遺伝医学研究所)、Jonathan Francis博士(アメリカ、Harvaed大学)によって行われた。
現在複数の研究室でSMNタンパク質を認識する抗体を作成することに成功しており、SMNタンパク質を発現する細胞の特定に用いられている。SMNは細胞質においてびまん性に染色され、また核内にもgem構造内に存在することがわかっている。SMNは胎児の発生段階において12週目ほどの早い時期から発現する。SMNの発現量は細胞種によって異なり、またその細胞の分化過程(細胞の成熟)に従い変化していく。重要なのはSMNは脳および脊髄の神経細胞において最も豊富に存在することであり、この事実から予期されるように、SMNのRNAおよびタンパク質を多く発現している細胞種と、SMA患者におけるSMNに変異を起こしている細胞種の間には非常に強い相関が見られる。これらの細胞には中枢神経と延髄に存在する大きな運動神経が含まれるのである。
SMA患者からの細胞や組織を用いた研究からわかったことは、SMNタンパク質の欠失は脊髄と脳において最も顕著に見られること、また欠失の度合いと疾患の重症度の間には非常に強い相関が見られるということである。脊髄や脳におけるSMNタンパク質の欠損は1型のSMA患者において最も多く、2型・3型においてもタンパク質量の顕著な減少が見られる。
以上挙げてきた研究においては、まずSMNに対する抗体が不可欠であり、これについてはMorris博士がSMNタンパク質中の様々な部位(エピトープ)を認識する抗体をそれぞれ作成している。Glen Morris博士とGideon Dreyfuss博士の研究室でつくられた抗体はSMA協会の全ての会員が利用可能となっている。これら抗体とそのデータは、研究者がどの細胞が発生のどの段階でSMNタンパク質の発現が調節される(例えばSMNCの発現を増幅させるなど)、または置換されている(薬物療法や遺伝子治療を利用するなど)のかを評価するのに役立つであろう。
【訳者註:タンパク質の一部分を特異的に認識する物質を抗体と呼び、認識されるタンパク質の方を抗原と呼ぶ。抗体が抗原を認識することを抗原抗体反応という。(人間などの生体レベルではウイルスなどの外部からの侵入物質に対して、これを自己の体内には存在しない、非自己のものであると認識した抗体が反応し、免疫反応を起こす。)生物学においてこの抗原抗体反応は非常に有力な手法であり、目的のタンパク質に対する抗体を作成し、この抗体を細胞・組織にふりかければ目的のタンパク質がどこに存在するかを可視化することができるのである。】
(3)SMN(survival motor neuron)の機能
SMNは高分子タンパク質複合体の一部である。SMNと相互作用するタンパク質の同定に関連したSMNの機能を研究する実験が計画された。それはこれらの相互作用が起こる領域の地図を製作することやこれらの領域を取り除くことがSMN機能に及ぼす影響を調べることである。
目的に向かって大きな進歩があり、Arnold Munich 博士(こども病院、フランス)、Elliot Androphy博士(Tufts大学、ボストン、アメリカ)、Gideon Dreyfuss博士(Pennsylvania大学、アメリカ)によって最近の結果が紹介された。SMNはそれ自身やいくつかの他のたんぱく質と相互作用している。相互作用ドメイン(部位)はいくつかのグループによって、染色体上にマップされている。
Androphy博士の研究室はエクソン6にあるSMN-SMN結合部位に注目した。このエクソンはSMA患者に認められる多くの点変異部と同じものである。それ自身と相互作用するSMNの能力は病気の重症度とよく相関している。SMN-SMN結合はタイプ1患者ではほとんど完全に消失している。コントロールを比較して、タイプ2・3患者ではその結合はゆるくなっている。従って、もしSMNがタイプ1のSMA患者に効果的に機能するべきであるのなら、これらの子供においてはなおさら多くのSMNタンパク質が作られるはずなのである。
Dreyfuss博士の研究室ではSMNはmRNA(SMNのようなたんぱく質のテンプレート・メッセージを行うもの)の形成やプロセッシングにおいて重要な役割を果たすことを示している。SMNは細胞の細胞質にある高分子たんぱく質複合物の会合において重大な役割を果たしている。一度会合すると、この複合体はmRNAテンプレートの成熟に必要な道筋に関与する細胞の核に運ばれる。
最近の研究ではSMNはこの核タンパク質複合体の会合や非会合に重要な役割を果たしていることを実証している。SMNがすべての細胞種に必要である一方、運動神経細胞はSMNたんぱく質の欠損により大きく影響を受ける。最近の試みは2つの可能性を区別することである。それはSMNの機能は非神経細胞と神経細胞で同じであるが、SMNは運動神経細胞においてより多く必要であるということ、またはSMNは我々がまだ確認していない運動神経細胞機能をもっているのか、ということである。我々はまだこれらの問いに対する答えを持っていないが、利用できるSMNの量が運動神経細胞の生存にとっての決定因子である可能性があることは明らかである。
(4)SMAの動物モデル
胎生期におけるマウスのSMN遺伝子のノックアウトまたは変異導入により胎児致死となる(ドイツのSendter博士 のグループが報告した)。従って、もし、SMAを有して生まれてくるマウスを生産するためには、多くの複雑な戦略が必要である。
Christine DiDonato博士(カナダ、モントリオールのSimard博士の研究室)とPierre Minniou博士(フランス、ストラスブルグのMelki博士の研究室)は潜在的に存在または潜んでいるSMN変異をもったマウスを作る戦略の概略を報告した。いったん、潜んでいる変異が活性化されるとエクソン6あるいはエクソン7の欠失を持ったマウスのSMAの兆候が分析される。この過程の最初の段階は胚幹細胞(ES細胞)においてSMN遺伝子に変異を導入するベクター(運び屋)を作ることである。胚幹細胞が使われるのは、それが生存可能な胎児を作り上げるのに必要なすべての細胞種を生じることができるからである。変異SMN遺伝子を含んだ細胞を同定するために、胚幹細胞(ES)クローンをスクリーニングすることは非常に注意深い仕事である。
例を上げると、Pierre Minniou博士は700個以上ののESクローンをスクリーニングすることによって、マウスSMN遺伝子の条件つきのエクソン7変異を有する2クローンを同定することができた。Christine DiDonato博士はこの低い成功率に対して説明した。SMN遺伝子は14,500塩基を含んでおり、SMNタンパク質に特異性をもつコードはわずか864である。これらの塩基の4,640(32%)以上がゲノムのどこでも見られる繰り返し配列の情報である。これらの繰り返し配列は両グループで使われたベクターに誤りの情報を与える。それゆえ、マウスSMN遺伝子が局在しているところに特異的に組み込むベクターはほとんどない。
Pierre Minniou博士は、SMAマウス作成においてかなり進んでいる。潜んでいるエクソン7変異をもったESクローンを用いて、Pierreはこの静かなる変異を子孫に遺伝させるマウス系統を生産している。この潜んでいる変異をもつ仔マウスが生まれたが、病気の兆候を示していなかった。次の段階は現在進んでいるが、SMA形質を再現する変異を活性化することである。これはこれらの変異が潜んでいるマウスにおいて、エクソン7の欠失を生じさせることによる。
同時に、Christine DiDonato博士はエクソン6変異マウスのモデルを研究している。エクソン6も7も両方ともがSMN機能に非常に不可欠であると思われる。SMAの研究者達や家族も同様に、これらの仔マウスが生まれるのを心待ちしている。我々が望んでいるのは、これらSMAマウスがSMAの病理生物学的理解を助け、そしてSMAマウスが可能性のある治療研究に使われ、またついにはSMAを治癒させることに使われることである。
(5)治療学上の戦略
Alex MacKenzie博士(カナダ・オタワ大学)とArthur Burghs博士(アメリカ・オハイオ州立大学)はSMA治療に対する治療学上の戦略について論議した。一番興味深い提案は、SMNCか、NAIP(ニュ−ロンのアポト−シス阻害タンパク)遺伝子をアップ・レギュレ−ト(発現を増やす)する薬を見つけることであった。
SMAに普通にみられる運動神経細胞の死を阻害するために、SMNC遺伝子からSMNタンパクを十分つくれるのか。全てのSMA患者は少なくとも一つのSMNC遺伝子をもつので、この可能性は特に魅力的である。あるいはNAIPは、神経保護機能を供給できるのか。これらの可能性をテストするために、MacKenzie博士のグル−プはNAIPを誘導する媒体(薬)を特定するためにa high througuput screen(HTS)を積極的に追究している。
また、最近Families of SMAより博士号取得後の特別研究奨学金をうけたNathalie Gendron博士も、SMNCの表現型を導くために同じ様な試みをするだろう。結局、SMNの表現型の指標として“gems”の数を使うので、Burghs博士はSMNCの表現型をアップ・レギュレートする物質のスクリーニングも行っている。SMNCがSMNTに置き換えられるかテストするために、Burghs博士の研究室はヒトのSMNC遺伝子をもつトランスジェニックマウスをつくっている。このマウスはSMNCが胎児致死の表現型から救うことができるか決めるために、SMN遺伝子ノックアウトのキャリアー(Sendtner博士のグル−プのつくったマウス)とかけあわされるであろう。
現在のところ、Burghs博士はSMAタイプ1の線維芽細胞に導入したSMNが、細胞質とこれらの細胞の核のSMNの発現を回復させることを示した。加えて、SMNのエクソンの7はこの発現の回復に絶対的に必要である。また、bcl-2をコ−ドする遺伝子は興味深く論議されていた。
最近の出版物では、SMNとbcl-2の両方が細胞死を阻害するよう働くといわれていた。
Burghs博士はSMNがbcl-2と相互に働くことを示す根拠を示すことはできなかった。結局、bcl-2が治療薬として使えるのかはっきりしておらず、SMNCのアップ・レギュレートが一番見込みのある方法のようだ。
最後に、遺伝子治療の可能性が論議され、Jonathan Francis博士は彼のグル−プがSMNを患者の運動神経細胞に導入する(遺伝子治療)ためのデリバリーシステムを発展させようとしていると発表した。我々は、この試みがさらに進展するのを待っている。